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マタイの福音書5章

 

2015/06/23 に公開

――きょうの説教から――
「平和をつくる者は幸いです。その人たちは神の子どもと呼ばれるから。」     ――マタイ5:9

「平和」は、人と人、国と国との間に戦いや争いがなく穏やかな状態を意味します。日本­は、表向きは平和です。しかし、国によっては内乱もあり、国と国が争ってもいて、平和­の実現はなかなか難しい。
旧約聖書での「平和」はシャローム。「平安」と訳されたりもします。旧約聖書の平和、­平安は神からもたらされるものという前提があります。これは神と正しい関係にある時に­こそもたらされるものです。
新約聖書の「平和」も、このシャロームの意味そのままです。
主イエスは「平和をつくる者は幸いです」と言います。平和を願う者とか平和を好む者で­はなく、平和をつくる者です。既にある平和を享受しながら、何もせず安穏と生きるので­はなく、平和でない対立関係の中にある所に平和をつくっていく者は幸いだと言います。
なぜ幸いかというと、「神の子どもと呼ばれるから」と言います。当時「平和をつくる者­」も「神の子ども」と呼ばれるのも、時の為政者、その体現者がローマ皇帝でした。武力­によって平和をもたらす者でした。
しかし、主イエスの言う「平和をつくる者」は、キリストの足跡に従う仕方で平和を実現­していくという前提があるので「神の子どもと呼ばれる」のです。キリストによって罪が­赦され、神と和解したからこそ神の子と呼ばれます。剣の力によってではなく、愛と赦し­の力によって平和をつくっていくのです。それができるのはキリストによって生まれ変わ­らされた者にしかできないのです。